ものづくり
No. 7
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守るべきもの

200年以上の古民家と、5世紀以上の技術。
ももちゃん小値賀には100年以上受け継がれてきた古い家が多くあります。「晋弘舎印刷」と書かれた看板がかかる活版印刷所「晋弘舎」は、200年以上の歴史を刻む古民家です。活版印刷は5世紀も前に西洋で発明された印刷技術で、近代になってデジタル化が進むまで世界の印刷物を支えてきました。つまり、晋弘舎は5世紀以上受け継がれている技術を守り続けているということです。
4代目として家業を引き継ぐ横山桃子さんことももちゃんが、そんな活版印刷について考えるようになったのは大学生の頃。
「工房は自宅に併設されていたからいつも身近に活版があったんです。デザインを学んだ学生時代に授業で印刷所の見学があって、部屋の隅に使われなくなった活字がひっそりと置いてありました。それを見つけた周りの子たちの珍しそうな反応を見たとき、父がやっていることがいかに貴重なのか初めてわかりました」。
卒業を1年後に控えた大学3年生のとき晋弘舎を継ごうと小値賀に戻る決心をしました。ところがデジタル化の台頭に伴って活版印刷所の数も年々、減少の傾向にある中でお父さんである横山弘蔵さんは猛反対。
「活版は衰退の一途を辿っているし、おまえが継いだところで食っていける道はない」。
活字

1年間東京のデザイン事務所で働いた後、反対されたまま戻ることになったももちゃん。弘蔵さんが変わってきたのはももちゃんの仕事の仕方を見てからだそうです。それまでの活版印刷といえば、役場の封筒や書類、船のチケットなど島内の仕事がほとんど。それをSNSの活用で、島を訪れた観光客や島外のお客さんとつながりを持ち、次々と名刺の注文を受けるように。今までになかった新しい形の仕事が生まれるようになりました。
「まだ4代目とは認めとらんばってんが」と言いながらも、たくましい娘の姿にやさしい笑みがこぼれます。

活版の色気
ももちゃんが手がける作品は、活字を組むだけでなくかつて印刷物のアクセントに使われたレトロな雰囲気漂うイラストの版に活字を組み合わせたポストカードや一筆箋です。おじいちゃんの半一さんが弘蔵さんに言った「お前の山は見えている」などの言葉をデザインとしてあしらい、活版の魅力を目だけでなく言葉としても楽しませてくれます。
実は、晋弘舎で50年の歴史を刻む印刷機をももちゃんはまだ使わせてもらえません。作品づくりは、ももちゃんの組んだ版を弘蔵さんが刷っていくことで出来上がります。
版

体に心地いいリズムで一枚いち枚、手で送られていく紙。錆びることのない歯車で回る印刷機はまるで生きているかのように鼓動を感じます。
「活版には色気がある」。
弘蔵さんがよく言っている言葉もポストカードに。
「活版の美しさは見えないところにあるんです。字と字の間にも〝込めもの″といって、無地の活字を埋め込むのですが、それに一人ひとりの個性が出るんです。いかに美しく組むか。見えない部分こそ重要なのが活版のいいところだと思ってます」。
作品の出来上がりだけでなく、工程も含めて活版には奥ゆかしい美しさがあります。
弘蔵さん

家業とふるさと
名刺今はまだ修行中のももちゃんですが、名刺については職人。ポストカードや一筆箋を刷る機械とは違い、名刺用の印刷機は一枚いち枚手動でインクをのせていきます。一枚刷るのに何度もレバーを上げ下げしてインクをなじませ、ようやくガッシャン。
「何百枚も刷っていると腕があがらなくなるけれど、圧と一緒に想いも込めています(笑)」。
照れ笑いしながら語る想いとは、出会いへの感謝の気持ちであり「活版で島を守る」という決意です。
「島の人口はどんどん減っていて、この先もずっと小値賀に住むことができるのか、家業を続けていけるのか不安もあります。でも、ふるさとは残したい。若い自分が、消えていくだろう活版印刷を盛り上げ発信していくことで、活版の魅力だけでなく小値賀の魅力も伝えていきたい。そしてどちらもずっと残り続けるよう願いながらやっています」。
長い歴史の中で受け継がれてきた技術と生まれ育ったふるさと小値賀。守るべきものを見つけたももちゃんの挑戦が一字いち字に込められます。
作品