絵を描くように燻す
カモメや鳶が空を飛び交う港町。海に面した堤防沿いに立ち並ぶ家々の中に、もくもくと煙を上げるお家があります。カツオの生節をつくっている橋元仁平さんのお家です。小値賀では古くから生節を島の保存食として食していて、カツオを巻き網ではなく一本釣りで釣り上げているのも昔から変わっていません。そんな、昔から続く生節のつくり方を見せていただきました。
仁さんこと橋元仁平さんは、33歳の時に小値賀に帰ってきました。それまで20歳の頃にはバックパックやバイクで世界中を旅して、それからは東京でサラリーマン。ふわふわしててもいけないなーと思って小値賀に帰り、港町ならではのカツオの生節をつくり始めました。仁さんと話していると、よく人生について語り合うことになります。「人生には必ず大きな試練がくるもんたい。そいは既に決まってるったいねぇ。そがなときに、人生で一番のハイライトを迎えるったい」つまりすごくロマンチストな人。そんな仁さんが生み出すカツオの生節はきらきらと琥珀色に輝き、一つひとつが作品のようです。
美しい琥珀色に燻す理由は長持ちさせるためですが、色が薄いとカビがすぐに生えてしまいます。なので、濃く均等に色づけすることによってより長持ちさせることができます。「色づけする」というとなんだか絵を描くような表現ですが、聞けばオキ(炭)で燻すことを「下絵」、火を消して煙だけで燻すことを「仕上げ」と言うそうです。
カツオの生節ができあがるのは、色づきを確かめながら燻すこと3時間後。それまでの工程はとにかくオキ(炭)と煙との睨め合いです。さばいたカツオをまるごと一匹大きな鍋で茹でている間、椿の木に火をつけ釜の温度を上げていくと同時にオキ(炭)をつくります。仁さんいわく、椿の木は固木で乾燥が早いため良いオキ(炭)ができるそうです。燻し始めてからは徐々にオキ(炭)の火が弱くなるのを待ちながら、何度もなんども釜から外しては色づきを確かめます。仁さんがカツオの生節を始めた頃に小値賀の大工さんに作ってもらったせいろは、カツオと一緒に燻され続けつやつやと黒光りしていました。
素材本来が持っている力
下絵が終わると、新しく生木を火にくべて仕上げの煙をつくります。留め具が壊れてしまうほど古びた釜の窓からふうーっと息を吹きかけてじっくり煙をつくります。良い煙ができると、蓋を開けた瞬間あたり一面に煙が立ち込めて何も見えなくなるほどです。
「オキ(炭)や燻す煙、釜の温度にマニュアルなんてなかよ。全て勘たい」。どうやら全身にピンとくるものがあるらしく、仁さんのような職人は芸術家と似ているのかもしれないと感じてしまいます。
そんな仁さんがつくる生節を手でほぐして、そのままいただいてみることに。ふんわりとした燻しの香りと、ぎゅーっと凝縮されたカツオの甘みが噛めばかむほど広がります。なにより驚いたのは調味料を一切使用していないのに素材だけでこれほど美味しくいただけること。素材本来が持っている力を改めて感じさせてくれる、小値賀ならではの食文化の一つがカツオの生節です。